賢治はいつジョバンニに恋をさせたのか

かほるが第0次稿から存在していたと仮定します。すでにジョバンニとの関係も第1次稿のように描かれていて、としがそれを読んでいたとするならば、としにとって、かほるという存在はどのように映ったでしょうか。

  かほる:物語の中でジョバンニが恋情を抱く相手

現実の女学生としの恋情は、地方新聞の中傷記事という形で世間に暴露され、としの心身を深く痛めつけました。宮沢淳郎氏によると、としは花巻から追われるように東京の女子大に進学させられた、と記しています。としの恋愛事件のおおもとは、としの男性教師への恋情という、ごくごくたわいもなくありふれたものでした。

  「自省録」の[そえがき]から
  (一)トシは花巻高等女学校四年生のころ、たぶん初恋と思われる恋愛を体験した。
  (二)それが地元の新聞記事となり、家族に心配をかけた。
  (三)トシが日本女子大学校に入ったのは、旺盛な進学意欲もさることながら、
     むしろ故郷を追われてそうせざるを得なかった面のほうが強い。
  (四)彼女の精神生活で宗教問題が占める比率は想像以上に大きかった。
  (五)トシはこの文章を書いてから半年あまりたったあと、
     すなわち大正9年の9月24日に母校花巻高女の教諭心得となったが、
     その裏には本人と家族めいめいの微妙な心情があったはずである。
    (宮沢淳郎「伯父と賢治」八重岳書房 89年)

堀尾青史氏によると、相手というのは鈴木竹松という美男の音楽担当。としが一人で下宿を訪ねていった。それだけのことです。しかし、うわさになり新聞記事になってしまった。その男性教師も校長に嫌われて追い出されたそうです。(ユリイカ VOL-2-8「宮澤トシ その生涯と書簡」青土社 70年)

当然、宮沢家のだれもがその事件を知っています。その事件がとしをふかく傷つけたことも知っています。したがって、賢治が、としをも読者のひとりと想定する「銀河鉄道の夜」に、モチーフまたはエピソードとして「恋」を作品中に挿入していたとは、はなはだ考えにくいのです。

第0次稿に存在したとは、はなはだ考えにくいジョバンニの恋。しかし、第1次稿から第4次稿では一貫して存在するジョバンニの恋。すなわち第1次稿の主要な改稿の動機は、ジョバンニの恋のエピソードの挿入だったのだろうと思います。その目的は、としをかほるになぞらえて天上に送ることだったのだろうと推測します。

ただ、この、かほる=とし説には、ひとつ穴があります。白鳥の北十字の光輝をうけたカンパネルラの頬もまた“苹果の燈しのように美しく輝いて”いるのです。これについては、第3、4次稿に同じ記述があります。第1、2次稿では前半の欠落部分に相当します。したがって、納得がゆく説明できない限り、カンパネルラの頬が美しく輝いたというエピソードは第0次稿からあったと考えるべきでしょう。

はたして、この穴は埋めることができるのでしょうか・・・。

・・・つづく