カオナシ考

カオナシの正体は、・・・もちろん、不明です。

しかし、カオナシが作品中で、どんな存在だったのか解きほぐすことができるように思います。すなわち、カオナシとハクには多くの類似点があります。

(1) どこか他所からやってきた存在であること。

  ハク  油屋の釜爺が湯婆婆の弟子になりにやってきたと言っている。最後にハクがコハク川の主でそのコハク川は埋め立てられてしまっていることが判明する。ハクは帰るところがない。

  カオナシ 「あなたはどこから来たの?来たところに帰ったほうがいいよ。お母さんやお父さんはいないの?」という千尋に、「さびしい」と答える。カオナシが他所から来た存在であること。そして帰るところもないのではないでしょうか。

(2) 何かを欲しがっていたこと。

  ハク   釜爺によるとハクは魔法の力を身につけるため湯婆婆の弟子になったという。しかし、名前を取り戻したハクはもう大丈夫だという。

  カオナシ 「千、ほしい」というセリフが耳に残る。

(3) やさしくて、しかし愚かな存在でもあること。

  ハク   「龍はやさしいよ、やさしくて愚かだ」しかし「魔法だとなんにもならない」

  カオナシ 湯札を喜んで受け取った千尋を見たカオナシ、ひたすらたくさんの湯札をやろうとし、また金に群がる従業員たちをみて砂金をやろうとするカオナシ。しかし、それらは千が欲しているものではない。

(4) 千尋とは橋で出会っていること。

  ハク   「帰れ、ここは人間がくるところではない」というシーン

  カオナシ 「・・・」と息を止めて通り過ぎる千尋カオナシだけが気づき、千尋と視線を交わしている

(5) 千尋を助ける役割を果たすこと。

  ハク   もとの世界に帰ることに失敗した千尋を、この世界で生きてゆけるよう食べ物をあたえ、就職の段取りを教え、世話係としてのリンに預ける。また、豚になった父母(ほんとうに豚になっていたかは疑問)にあわせ、まじないをかけたおにぎりを食べさせる。

  カオナシ 姿を消して湯札を渡す、その後、結果的に千尋はクサレ神のためにカオナシが出した湯札を使う。

(6) 千尋が招き入れていること。

  ハク   「ハク!こっち」といって手負いの龍の姿をしたハクを窓の間から招き入れる。

  カオナシ 「ここ開けときますね」といってカオナシを招き入れている。湯婆婆も千がカオナシを招き入れたと怒っていた。

(7) 千尋が苦団子を食べさせた相手であること。

  ハク   「河の神様がくれたものだから」といって無理矢理食べさせる。魔女の契約印にかけられた盗人の命を奪うという銭婆の呪いが消え、湯婆婆がハクを支配するために潜ませた蟲も吐き出される。

  カオナシ 「あなたにあげるね」といってカオナシの口に放り込む。カオナシは食べたものをすべて吐き出す。

千と千尋神隠し」には「ナウシカ」からの引用が容易に見て取れます。テトが坊だとすれば、王蟲たちを怒らせるためにトルメキア兵がポッドのぶら下げていたちび王蟲がハクに相当しないでしょうか。酸の海に自ら身を沈めようとするちび王蟲。必死に押しとどめ助けようとするナウシカ。ちび王蟲の血に染まるナウシカ。そして、ナウシカの傷を心配するちび王蟲。自分自身が満身創痍なのにナウシカの傷を心配するちび王蟲。「やさしい子」というナウシカ。ちび王蟲の怒りは静まるが、暴走をやめない王蟲たち。「王蟲はやさしいよ、やさしいけど愚かだ」といえるかもしれません。

ナウシカは単身暴走する王蟲たちの真っ只中に飛び込んでゆく。ちび王蟲がハクであるとするならば、暴走する王蟲カオナシなのではないでしょうか。

暴飲暴食し威張り散らす巨大化したカオナシの姿は邪悪な存在と感じされられます。しかし、青蛙を飲み込む以前のカオナシはおとなしくておだやかです。そして、青蛙を吐き出した後のカオナシもおとなしい。

わたしの子供が、カオナシが青蛙を飲み込んだのは“声”が欲しかったからだと看破しました。カオナシが欲しかったのが“声”だったとするならば、その後のカオナシの暴飲暴食は青蛙の欲望に支配された結果であり、やたら威張り散らすのは兄役や湯女の欲望に支配された結果だったと考えられます。そう考えると、カオナシが腹の中に入れた青蛙や兄役や湯女は、湯婆婆がハクに潜ませた蟲に相当する存在に思えてきます。

カオナシが欲しかったものはなんだったのでしょうか。“居場所”だと思います。油屋の中を除けば、橋の上や電車の中や田舎道のカオナシは足が見えていなかったのですが、銭婆と並んで千尋を見送るカオナシには足がありました。このことはカオナシが居場所を手に入れられたことを意味してはいないでしょうか。

カオナシが銭婆のところに居場所を見つけたとするなら、もうひとりのカオナシ、すなわちハクはどこに居場所を見つけることになるのでしょうか。結局、ハクは湯婆婆のところに居場所を見つけることになると思います。もちろん、今度は湯婆婆に支配される存在としてではなく、みずからの意思で湯婆婆の手助けをする存在としてですが。

・・・つづく

 

 

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