「二十六夜」と「やまなし」の成立時期について

「二十六夜」の成立時期

作品「二十六夜」については、照井謹二郎氏の獅子鼻のフクロウのエピソードと、夏休み中の二十六夜大正11年8月18日(金)が旧暦6月26日であったことから、大正11年8月下旬としてよいと思われます。

 農場実習が終わった後で、小学校時代に獅子鼻でふくろふとりしたことを話しましたら、宮澤賢治先生は、
 「そりゃおもしろかったネ、一度行ってみたいネ」と言っておられました。
 (中略)
 九月になって学校に行ったら、宮澤先生が、「とうとう目的を達しました。あれから五六回にわたって
 獅子鼻に一人で夜出かけて、梟の世界をよく見てきました。一度は夜中の二時頃の時に行ったこともあります。
 早速梟の童話を書きましたから、機会を見てよんであげませう」と、喜んで、ていねいにお礼の言葉も添えて
 言っておられました。(照井謹二朗「追憶ふくろふ」 1946年 宮澤賢治研究資料集成 第2巻所収)


 丁度その頃、近所のオジサンが子どもフクロウを捕えて巣箱に飼っていた。行ってみると、
 たにしを与えて可愛く育てているフクロウは、獅子鼻でみたフクロウそっくりのような気がした。
 (中略)
 稗貫農学校二年(大正十一年)の一学期が終わる頃、学校の下台にある畑の実習の合間に一服といって
 腰を下ろして休んでいると、実習担当の宮沢賢治先生も一緒に腰を下ろして四方山話に花を咲かせた。
 その時、私は獅子鼻の松林にフクロウがたくさん棲みついていることや、フクロウを捕えて飼っている
 おじさんのことを話した。
 (花巻賢治子供の会「宮澤賢治先生にちなんで」(非売品)童話「二十六夜」が創られるまでに 1996年)

照井謹二郎氏の後の方のエピソードに“たにし”が出てくるのを興味深く感じます。ふくろうが出てくる作品は他に「林の底」がありますが表紙に「不可」と赤書きされているそうです。照井氏の賢治が喜んでいたという証言を考え合わせると、作品は出来上がっていて、その作品というのは、おそらく「二十六夜」の方でしょう。「林の底」と「二十六夜」は書き出しにおいて、類似点が認められます

 ・とっかかりの登場動物が梟である
 ・梟が私に話しかける
 ・黄金の鎌は二十六夜のモチーフである月に通ずる
 ・「二十六夜」の冒頭に“林の底”という言葉が出てくる

 「黄金の鎌」が西の空にかゝって、風もないしづかな晩に、一ぴきのとしよりの梟が、
 林の中の低い松の枝から、斯う私に話しかけました。(林の底)

 旧暦の六月二十四日の晩でした。
 (中略)
 そして林の底の萱の葉は夏の夜の雫をもうポトポト落として居りました。
 その松林のずうっと高い処でだれかがゴホゴホとなえてゐます。(二十六夜



「やまなし」の成立時期

作品「やまなし」は、エンドが明確になっています。「やまなし」の新聞掲載は大正12年4月8日のことです。

「やまなし」の成立についても照井謹二郎さんが深く関わっているようです。作品成立まではいかなくても、大正11年10月に次のようなエピソードがあります。賢治の行動の異常さと几帳面な性格から推測すると、この時点での「やまなし」は作品の題名は「りんご」で、第2章の章題は「十月」という構想であったろうと類推されます。もし、第2章の章題が初期稿にあるように「十一月」であったなら、このエピソードは11月のエピソードになっていたはずです。

 十月の小春だったが、先生と二人で、小さな船で北上川を渡ったことがあった。その途中、
 先生のポケットからリンゴがポチャンと落ちた。先生は、それが水に沈んでゆくさまがきれいだと言って、
 何度もポチャンを繰り返す。ああ、きれいだと言って繰り返す。そのあげく、泳がないかと言い、
 自分ひとりで泳ぎ出す。さすがに私は冷たくて泳げなかったが、先生はそういう感覚の持ち主だった。
 (新校本「年譜」)



銀河鉄道の夜」の成立時期

作品「やまなし」は作品「二十六夜」が成立していることを前提として書かれていると思われます。なぜなら、「二十六夜」は読み進めることはなかなか辛い作品ですが、作品そのものは単独でどういう物語を語っているのかを把握することが可能な作品です。ところが、「やまなし」は作品単独での解釈はとうてい無理な作品です。「やまなし」と「二十六夜」が同一構想の作品群であると仮定し両作品を重ねて読むことで、ようやく「やまなし」が、どういう物語であるか把握できるからです。

これは引用といってもいいと思います。つまり、「やまなし」には「二十六夜」の引用がある。そして、「二十六夜」には銀河鉄道とおぼしき汽笛が二度も登場します。これも、引用だと思います。引用は先に成立した作品が存在するから引用ができるのであって、その逆は無理です。したがって、作品の成立順序は「銀河鉄道の夜」→「二十六夜」→「やまなし」となるはずです。すると、次の命題が成立することになります。


 命題:「銀河鉄道の夜」はとしの生前に成立していた


ところが、「二十六夜」から“遠くの音”として引用されている「銀河鉄道の夜」第1次稿の成立時期は大正13年頃とされています。

・・・つづく