銀河ステーションはどこ

銀河鉄道は西進していた、という解釈は、竹内・原田「宮沢賢治・時空の旅人」の「天気輪=星座早見の留め金説」とも整合します。また同書で「残された問題」とされた、“どうして賢治はさそりの直前に「双子の星」挿入したのか”という問題の答えも導き出します。

  右手の低い丘の上に小さな水晶ででもこさえたような二つのお宮が
  ならんで立ってゐました

この問題は、銀河鉄道が南下していった場合、前方(南)に蠍座があらわれるとき、竹内・原田氏が「双子の星」として確信をもって特定したペルセウス座のエイチとカイの出現位置が、銀河鉄道進行方向(南)に対して真後ろ(北)になってしまう、と考えるために生じます。

しかし、銀河鉄道がじつは単純に南下したのではなく、南下しつつもおおむね西に向かって飛んだと考えると、蠍座が左手(南)の空にのぼるころ、ペルセウス座のエイチとカイは、銀河鉄道の進行方向の右手(北)の水平線に沈んでゆくことになり、つじつまが合います。

さて、先の表で、銀河ステーションの出発時刻を不明としました。賢治は、銀河鉄道が白鳥の駅に到着した時刻は明示しているものの、銀河ステーションを出発した時刻を記していません。出発地となる天気輪の丘の経度もあいまいです。なぜでしょうか。

詩「冬と銀河ステーション」にあるように、銀河ステーションは冬に見えるのですから、夏の星座ではありえません。また、逆に冬の星座でもありえません。白鳥座から南十字座へと連なる夏の星座と冬の星座が夜空に同時に存在できるはずがないからです。

じつは、北天には、時刻や経度や季節にすら無関係に、常に南北線上に存在する星座、というより星があります。その星とは、こぐま座のしっぽの先を飾る星、北極星です。北極星星図早見では留め金に相当します。賢治はまた、「星めぐりの歌」で「小熊のひたひのうへはそらのめぐりのめあて」だとも書き残しています。

・・・つづく