織田正吉 「古今和歌集」の謎を解く 講談社選書メチエ 2000年9月

柿本人麻呂を論ずるとき、人麻呂が正三位であったという論拠が紀貫之による古今和歌集の仮名序のつぎの部分になります。

 おほきみつのくらゐかきのもとの人まろ

織田氏は、まず、仮名序の人麻呂に関するいくつかの矛盾点に注目し、さらに、藤原定家による改ざんの可能性にも言及し、仮名序で言及している人麻呂とは、万葉歌人の人麻呂その人ではなく、実際には別の人物のことを人麻呂になぞらえている、と結論づけます。

そして、女郎花(おみなえし)、馬というキーワードから古今集の構造分析を行い、沓冠・折句・物名という和歌のテクニックを解説しつつ、紀貫之が選者として仮名序に織り込んだ思い(嘆き)を読み解いてゆきます。

 わが庵は都の辰巳しかぞすむ世を宇治山と人はいうなり(喜撰法師

また、この歌の「辰巳」というのが三人の人名のイニシャルを繋げたものになっているというのが織田氏の分析です。

銀河鉄道の夜」のブルカニロ博士の名前(BULL-CA-NI-RO)がおうし座(BULL)、カシオペア座(CA)、ふたご座(NI)、アンドロメダ座(RO)からとった賢治の造語であるという指摘があります(※)。また、それら四つの星座をつなぐと十字が出現することも指摘しておられます。さらに、ブルカニロ博士の名前の綴りが「銀河鉄道の夜」での十字の切り方であるとも指摘されています。綴りは、おうし座(東)からカシオペア座(西)へ、ふたご座(北)からアンドロメダ座(南)の順です。
竹内薫・原田章夫「宮沢賢治・時空の旅人 文学が描いた相対性理論日経サイエンス社 1996年

この、星座のイニシヤルを繋いで人名を造りだすというテクニックは、複数の人名のイニシャルを繋いで方角を意味する「辰巳」という言葉を造りだすテクニックと同じです。ちなみに、織田氏の調査によると、そもそも方角を和歌に入れ込んだ例は、先の喜撰法師の例が最初だそうです。指摘されてみれば不自然ですね

二枚貝説が、「銀河鉄道の夜」のかささぎ=七夕と解くのは、賢治には和歌の知識があると十分に推定できるからにほかなりません。賢治文学上のさまざまテクニックが和歌のテクニックに由来すると仮定できれば、賢治の詩や童話にいまだ隠されつづけている謎を見つけ出し解読する助けになる可能性がおおいにあります。「絢爛たる暗号 百人一首の謎を解く」(※)と合わせ、本書のご一読をお薦めいたします。
織田正吉「絢爛たる暗号 百人一首の謎を解く」集英社文庫 1986年12月