野ブタ。をプロデュース -第10話-

回生

第9話で、信子が涙を流したシーンが2回ありました。信子は泣いても涙を流せないはずなのに、あっさり涙を流してしまった。いずれも涙を流しても不自然なシーンではないのですが、実は、涙と同時に信子=雪女という設定も流してしまいました。

雪女が涙を流せないのは、涙を流しても瞬時に凍てついてしまうからです。第8話、第9話での、視聴者を馬鹿にした幼稚な犯人の扱いとともに、信子=雪女という設定も捨て去ってしまったんだろうと思ってました。でも、そうではなかったみたいです。第10話では、雪女のメタファが生きたシーンが3箇所もありました。

第9話は演出ミス、というより演出家相互の連絡ミスの可能性大です。あるいは、いったん脚本の苦し紛れで変えられてしまった設定を元に戻したのかもしれません。おいちゃんが妙にさっぱりした顔でいうセリフと、第7話の「勝手に設定を変えないこと」の張り紙がひっかかかります。が、そっちの可能性は少ないかもです。

平山「苦しいことを投げ出すってことは
   楽しかったことも投げ出すってことなんだぞ」

演出家相互の連絡ミスがあるのだとすれば、岩本仁志さん、日テレに移ってからも5年以上のはずなのに、いまだ外様の扱いなのでしょうか。CX時代、亀山編成局長誕生とぼぼ同時に営業職に移動という噂。その数ヶ月後、日テレに再就職し現職です。フジの本社前で亀と山を主演にしたこの作品の撮影するとことか、最後に「山崎と海亀が・・・」ってのを小ネタで出し、「おれたちは、どこででも生きていられる」と終わるところがなんか可笑しい。

カメラの久坂保さん。「白線流し」シリーズのカメラでもありますが、他のCX作品で岩本さんが助監督だった頃から組んだ作品がいろいろあったみたいです。「おれたち」ってのが誰と誰を指すのか、深読みしてみるとなんか面白いです。


ふたりでひとつ

クリスマス・イブ前に夢に現れたサンタがたらいまわしにされるってのは面白いかも、で図らずも3人の英語力も暴露されてしまってるみたい。サンタは音声上は英語を使い、信子は全部日本語で、修二は一部英語で、彰は全部英語でと。彰はよく英語が出てきますよね。それと浩二が目撃してたのが面白いです。

善意の輪が切れてしまったことと、願ったのがカレーパンということで彰は責められますが、ここは3人の関係を再確認しただけのシーンで、とくに気にすることもないようです。が、とりあえず、パンネタをかたずけときます。

カレーパン  揚げパン→油揚げ→お狐さまたちの好物→コン、コン、コン
アンパン   スペードの2と同じ。アンパンがついて行くという伏線。
焼きそばパン 冷めた焼きそば。自分はやきもち焼きなんだという自己認識
メロンパン  表面だけの具(友情)
コッペパン  具のないパン。ちくわのアナロジー

「3人で罰当たろう」って、第4話の彰の3本の当たり棒はこの伏線でしょうか。祟り神も困ったでしょうね。修二と彰のどちらが大切なのか、信子自身がわからないのは問題ではないとして、祟り神にもわからない。はて困った罰の当てようがない。しかし、ふたりに当てるのはルール違反。

しょうがないから、シッタカに罰を当てた。シッタカが、ずっと信子に「汚ね!」といった罪悪感にさいなまれていたのだとしたら。祟り神は、信子に罪を感じているなら信子の代わりに罰を当ててもよかろう、いや、ちょうどいいわいと、信子の大切な人の代わりにシッタカに罰を当てた。シッタカは、シッタカで知らないうちに信子への罪を贖えた形。よかったね、・・・っていっていいのか(笑)

2つ集めるとしあわせになれるという幸せの人形。クリスマスプレゼントで渡そうとするが、3人とも間違ってる。修二たちの場合、3つ集まらないとしあわせにならない。ラストで信子が彰を修二の元に送りだすのは、そのことに気づいたからかもしれない。

引越しトラックがハート引越しセンター。修二のガッツボーズ、心臓のところでグーになっていました。・・・心の引越しだけど、クラスメートたちの友情を心に収めるというくらいで、あまり深い意味はないみたい。

彰が修二の転校先に先乗り。彰が修二についてきたのは信子に頼まれたからだと。信子の頼みを聞きとどけることが、彰にとっては、したいこと、やりたいこと。信子にとって、彰だけが近くにいて修二が遠い存在になってしまい、ふたりの間に軽重ができてしまうことがいやだったのかも。ですが、ドラマでなきゃ転校なんてしませんって(笑)

誰かのためにってゆうのはさ
自分を大事にしてないってことなのかな
俺さ、野ブタのために
一生懸命やってるときが
一番自分らしかったなと思うんだ
おまえもそうじゃない

そんな、とてつもない頼み事ができる存在、それを聞いてもらえる存在って、実は、いちばん近い存在なんだと思います。「最初の3日は泣くけれど、立ち直ってみせる」って、1日は修二のため、1日は彰のため、1日は自分のためという計算でしょうか。彰と修二は同級生というつながり、信子と彰は頼み事でつながっています。「そしていつか、二度と会えなくなるんだよな。」ということにならないように、より確実な再会を期した別れ、そのために彰を送り出すのだと思います。

修二にしても彰にしても、信子はもうひとりでやっていけると信じているからこそ、信子から離れられたのです。信頼することと信頼されることが信子にとっての勝利。やはり、役名の「信」の字は伊達ではないのです。


雪女のメタファ

児童公園。修二が転校すると聞いた信子が泣いてしゃくり上げています。でも涙は見えません。彰がやさしい。マフラーを掛けるだけ。彰は気持ちだけで信子を抱きしめました。

雪。信子の言葉にできない思いがあとからあとから雪になり降りつもる

いま思っていること全部伝わればいいのに
どれだけ感謝しているかちゃんと伝わればいいのに

ラスト、青空を見上げて「わたし笑えるようになったよ、ちゃんと笑えるようになったよ」といいつつ、ひとすじの涙。

笑うことは、第7話終わりのサントラプレゼントで堀北さんが笑うのが伏線(笑)第8話では普通に笑うけれど、3人は気がついていない。第9話の2シーンで信子が涙を流さなかったと仮定すると、ラストシーンの涙が生きます。

金子みすず「林檎畑」によると、凍った心がとけるとみんな涙になるそうです。涙は、凍った心がとけた証拠。鏡の中に自分の笑顔を見つけることで、信子は雪女という魔法から解放されます。


テーマ

とっくの昔に見つけてあります。このセリフ、なんど聞いても、信子がしゃべっているようには聞こえないのです。堀北さんとして語っているように感じます。

信子「できれば一人残らずしあわせになってほしい」


総評

こんなにハマったのは「深く潜れ」以来、5年ぶり。
みんな、よくやった。面白かったよ(^^)