野ブタ。をプロデュース -第9話-

あーあ、やっちゃった。

この脚本、犯人はカスミじゃなくても誰でもよかったのです。第5話の終わりで「わたしのおじいちゃんなんだ。助けてくれてありがとう」ってセリフを言わせて、カラスをカーと鳴かせれば、そいつが犯人。

第1話~第5話までの演出や演技やストーリーは、犯人探しには一切関係なし。伏線もなし。ひねりもなし。そのうえ、肝心の動機がいいかげん。さんざんひっぱっといて「嫌いだから」じゃ納得できませ~ん。早い話が動機も“なし”です。

持ち駒追加交換自由の詰将棋のようなものです。もう、木皿さんが、この先、サスペンスやミステリーを書いても信用されないでしょう。けど、サスペンスやミステリーが売りの脚本家じゃないから傷は浅い(笑)。


さて、今回のキーワードは“バケる”です。“ハゲる”じゃないですよ。“化ける”です(ハゲは旅行にいってますしね)。2人の人物がそれぞれ2人に化けています。ひとりは化けた相手を破滅の瀬戸際まで追い込みました。もうひとりは、屋上から飛び降り地上に人形(ひとがた)を残しました(笑)。

そう、カスミに化けていたのがデルフィーヌ。横山に化けて校長の頭を辞表で張ったのがキャサリンです。校長は、そこは古狸、横山に化けたキャサリンの犯行と見抜いた上での化かし合い。横山の辞表を受理します。さー、大変なのがキャサリン。徹夜で嘆願書を書く羽目に。2-Bの生徒たちはとんだとばっちりでした。

デルフィーヌを呼び出したのが黒猫。黒猫は魔女の使い魔です。カラス天狗だったり、化け狐だったり、九官鳥だったり、ドラキュラだったり、キャサリンって、・・・なんでもありです。これこそが木皿脚本の本質でしょう。

“な ん で も あ り”。それが、木皿脚本の本質です。とはいっても、別に悪いわけではありません。脚本の持ち味といっていいでしょう。ただ、「野ブタ。をプロデュース」という作品への期待や評価は、かなり、ぺしゃんこになっちまいました。


デルフィーヌが、じつはキャサリンの眷属と解ったのは今回が初めて。でもってお友達になりたいと使い魔の黒猫に呼び出させた。デルフィーヌと友達になるのは、対校長化かし合い戦争の陣容を厚くするための戦略の一環というわけです。生徒の気持ちを救ってくれたという感謝の念も、少しは、いや、ちょっぴっとは、いや、かすかには、あったのかもしれません。


今回のまり子カッコいいです。カッコいいセリフの受けと出し。戸田さんの芝居もピタリと決まってました。これくらいないと出番がすくないからね。気持ちのかわいい子、気持ちの強い子、気持ちのやさしい子、嫌味はまったくなし。その上、主人公への悲恋の切なさを抱きしめている役柄。まり子っていい役ですよね。

焼き栗。あったかいでしょ。って、あったかい焼き栗を持ってたのがミラクルです。ふつうは、さましてから売ってますから。焼き栗の意味は“殻”と“中身”。殻の中身はおいしいでしょうと。

まり子は修二のことで信子に妬いていた。でも、妬いていたのだけれど、信子に悪感情を持っていたわけではないという意味。修二の好きになった子が、あったかい焼き栗を持ってる子でよかったね、信子。